ある三重大生のブログ

三重大学について色々書いてあるブログ

スタセミはなぜクソか

 

Welcome to the division、もといようこそMie Universityへ。

今日はネット上でボロクソに叩かれているスタセミについて色々書いていこうと思う。

 

● そもそもスタセミってなに

そもそもスタセミは何なのか、そこから説明していこう。

スタセミとは「スタートアップセミナー」の略で、三重大学の必修講義の一つである。

(必修講義・・・必ず取らないといけない講義のこと)

シラバス(※講義の要綱や授業計画が書かれている)を見るとこう書いてある。

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授業の概要:グループでプロジェクト活動を実践する中で、三重大学の教育目標である「4つの力」や、大学での学習方法などを体験的に学習し、大学生活へのスムーズな移行をはかる。

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つまるところ「グループ活動で色々学んでもらおう!」という講義なのだ。

 講義の内容としては、グループ活動をする際に必要な心構えや情報収集の仕方、それを元にどうまとめて発表するか・・・等が学べる。

これだけ見ると「なんだ、よさそうな講義じゃん」と思うだろう。でもそうはいかないのが現実というものなのだ。ではなぜこの講義が「クソ」だと言われるか見ていこう。

 

 

 

● スタセミを「クソ」にする3つの要因

 さてスタセミが「クソ」と言われる要因について、私は3つの要因があると考える。それについて述べていこう。

 

その1:講師がクソである

大学の講義を担当する講師は様々な人がいる。内容がどれだけよくても、教える側がクソだと良い講義とはならないだろう。ではどのように「クソ」なのだろうか。

私が聞いた限りではこのような感じだ。

話がつまらない。トーンが単調で声も小さく眠くなる。内容も教科書に書いてあることだけだ。

課題について厳しい。講師独自の課題を出してきたりして、負担が増える。

                                   etc・・・

話を聞く限りでは「話がつまらない」のが主な原因のようだ。そりゃ教科書の朗読であれば誰もがツマラなく感じてしまう。たとえ朗読でもメリハリがあったり、小ネタを挟んだりしてくれると楽しく聞くことができるのにね。

また、独自課題を出す講師も嫌われる傾向にある。向こう側としてはコチラ側のことを思って出してくれているのだろうが、かなしいかな空回りしてる場合があるようだ。

というのも大学に来る人は、好き好んで大学に来ている連中ばかりではない。

「単位が欲しい」「卒業できればいい」「就職のため」・・・

など、講義自体を無駄だと考えている人にとっては+αの課題などただの嫌がらせにしか思えない。他にもこの講義自体を無駄だと考えている人にも同様の捕らえ方をされてしまう。こういった背景も「スタセミはクソ」説にあるのだ。

 

その2:班員がクソである

スタセミは1グループ4人で受講する。このグループ内で役割分担をし、グループワークをしたり、情報収集や発表を行うのだが・・・この班員がクソだと大惨事だ。

おそらくこれがスタセミをクソたらしめている一番の原因であろう。特にやる気のある学生ほど、この影響をモロに受ける。周りがこのような人種ばかりだと、まるで自分だけ仲間はずれのような感覚を受けてしまう。安心していい、彼らがクソなのだ。

こういった班員を仮に「クラッシャー」と呼ぼう。彼らは講義においてどのような生態なのか挙げると以下のようだ。

講義中はスマホor睡眠。グループワークが始まろうがおかまいなし。もちろん意見なんてだしてくれるワケもない。

・班員に無駄に話しかける。コミュニケーションは大事だが、講義に関係ないことはグループワークの支障となる。

活動に非協力的。意見もなければ発言もない。せめて何かしらアクションが欲しいところだ。仕方ない面もあるのだが。

スライドを作らない、仕事をしない。スタセミでは最後に発表を行うのだが、発表用のスライド製作係になっているのに作ってない。情報収集役なのに情報を集めてきてない。

などだ。私も情報収集を忘れてたりしたので人のことを言えた立場ではないが、クラッシャー方々におかれましては話し合いぐらいは参加して欲しいものだ。

クラッシャーの特にひどい点は、意見交換をしないことにあるだろう。

自分が意見を出しても、誰も反応してくれなかったら悲しいし、ツマラない。モチベーションも下がる。また、考えを煮詰める際にも、誰かの意見でうまく考えがまとまることが多い。だが誰も意見をくれなければ独りよがりの考えしか生まれてこなくなってしまう。こういう状況に陥ると人は孤独感を感じ、周囲の環境に溶け込むことで孤独感を紛らわそうとする。その結果自分もクラッシャーの仲間入りになってしまう。

そんな事象を得て、「スタセミはクソ」という意見が生まれるのだ。

 

 その3講義内容がクソである

 どれだけ講師がよかろうと、どれだけ班員が優秀だろうと、講義の内容自体がクソであれば意味がない。冒頭でも述べたが、講義する内容自体はいいものだと判断できる。だが、様々な要因によって「内容はいいのに、教え方がクソ」問題が発生している。

これを引き起こす要因は講師の力不足だけではない。「教える量が多すぎる」のも問題点の一つだろう。スタセミは90分×15回でグループワークと情報収集のいろはを教えるワケなのだが・・・とてもとてもそんな短い時間では教えきれない。

なんとか講義時間中に内容を全て教えるためには、解説を省き、どんどん前へ前へ進めていかなければならない。これでは理解が追いつかず、結果消化不良を引き起こす。そうすると講義内容の理解に支障が生じ、次第に講義への関心が薄れていってしまう。

また、「必ずやらなければいけないリスト」が存在するのも問題だ。「この講義ではグループワークを必ず5分とらなければならず、この際課題を必ず提出させなければならない」みたいな指令書があるのだ。こういうものがあると、時間をどんどん圧迫されることになる。また講義量の多さもあって。講義の自由度がなくなってしまう。

これでは生徒も講師もどちらも得をしないだろう。

また、講師が講義に応用を利かせようと思っても、こういったシステムが行く手を阻み、時間が足りなくなってしまう。結果、教科書朗読会となり、スタセミがつまらない講義となっているのだ。

ちなみに課題は救済措置としての側面も持つ(・・・というかこれが大半)。講義に不真面目で単位所得の危うい人は、授業態度を評価しようにも元が低すぎて単位をあげれない。そこで課題の点数を上乗せすることで単位を取らせてあげているのだ。こういった背景も課題の問題に絡んでいる。

また、三重大学の教育目標への固執もスタセミのクソっぷりを加速させている。

三重大学には教育目標として「4つの力」というものがある。これは「感じる力」「考える力」「コミュニケーション力」及びこれを総合した「生きる力」を統合してこのように呼んでいる。

 スタセミはこの「4つの力」の習得をメインにしているのだが・・・これに捕らわれすぎな面が伺える。講義の開始時には4つの力を音読、振り返りにも4つの力、アンケート項目にも4つの力・・・4つの力に執着するあまり、何か大事なものを見落としているのではないだろうか。

ところで、3つの力を1つにまとめ、それを独立した一つの力として認識してほか3つと同等に扱うとか倫理的におかしくない・・・?                        by三重大のアンケート回答

 

 

 以上が私の考える、「スタセミがクソ」な理由だ。まぁ、理由はこれだけではないと思うし、そもそもやる気のない人にとっては講義がどれだけ良かろうとクソだと認識されるものだ。

え?「こんなクソみたいな講義受けたくない」?安心して欲しい、スタセミは毎年毎年進化を遂げている。

このスタセミを取りもつ講師陣は「教養教育院」に所属する人のみから選ばれている。これは教養教育について色々考えている、講義に対してモチベの高い講師が多く在籍しているのだ。もちろん「スタセミはクソ」問題を認知している。というか講師自ら「スタセミはクソ」とか言ってる。お前もか。

なので講義改善にはとても乗り気なのだ。あいにく一年こっきりの講義なのでどう変化したのか比較しづらいが、話によるとドンドンよくなっているそうな。

また、改善策を考える際にはアンケートが最重要視される。このときちゃんと答えないと「そういう意見もあるんですね、でも大半は問題なしだそうです。」で流されてしまう。なので不満点があればアンケートに書きまくろう。もしくはメールで送ってあげよう。

また、メールで確認したところ、今年からアンケートの結果が公表されるそうだ。

その結果も確認しつつ、スタセミがどんな講義なのか、自分で見極めよう。

 

最後になるが、よい三重大ライフを!